病床フィルター 「…38.5°、ヒデェな。」 「……あっちぃ…」 風邪をひいてしまった。 それもかなりガッツリと… 「無理して働き過ぎなんだよ、ったく。」 「スンマセン…」 たまたま家を訪ねて来たランサーを出迎えると、有無を言わさず玄関先から寝室へと一直線に担ぎ込まれ、母親顔負けの手際で体温計と冷えぴたを装着。 そして布団に寝かされ、今に至る。 「まあ、ユックリ休んでさっさと治せよ?」 わしゃわしゃと頭を撫でられた。 体がダルくて「子供扱いするな!」と反論する元気も無いし、布団から上体を起こす気力も無い。 何より弱った体は自然と、他人から与えられる慈愛を貪欲に吸収する。 それが些細なものであっても… 「……感染るとアレだし、もう帰れば?」 「バーカ、俺はそんなヤワじゃねえよ。それに、教会でアイツ等の面倒見るよりは…病人の世話してた方が楽でいいわ。」 「……いいの?」 「おう、何かと一人じゃ大変だろ?欲しいモンとかあるなら遠慮なく言いな。」 「うん……具合い悪いからかな、何か子供みたいに…人恋しくってさ。だからホントに嬉しい、アリガト。」 布団から少し手を伸ばして彼の小指に自分の指先を絡めると、優しく手を握られた。 いつもなら、こんな恥ずかしい事を口にはしない…きっと、熱で頭がちゃんと回っていないからだ。 不可抗力、そう結論を出した後は思考する事さえ億劫になり、そっと瞳を閉じる。 「ちっと寝とけ、傍に居てやるからよ。」 「……ん…」 すぐ傍で、優しい声が掛けられる。 目を開けていなくても解る、温かな眼差しを感じる。 指先から、自分よりも少し冷たい体温が伝わる。 それが酷く心地好くて、簡単に意識は沈んでいった。 ―――…… ゆっくりと意識が浮上して、瞼を開ける。 どれくらい眠っていたんだろうか? 体を起こすと、関節がギシギシと軋む。 顔もまだ熱いが、頭はそう重たくはない。 「 !起きて大丈夫なのか?」 「え、ディル…?」 予想外の人物が目の前に現れ、心配そうに此方を見詰めてくる。 アレ…気のせいか、何かいつもより潤んだ瞳にドキドキする…だ、とっ? やはり具合の悪い頭では、見慣れたイケメンですら心が揺らぐほど素敵に見えるのだろうか… そんな事を考えて押し黙っていると、部屋の扉を開けた人物から声が掛けられる。 「なんだ、もう起きちまったのか?」 片手で飲み物と、替えの冷えピタを持ったランサーが部屋に戻ってきた。 眠りにつく前と同じ傍らに、ドッカリと座る彼に疑問を投げる。 「…どうゆう事なの?」 「いやな、お前が寝てる間にコイツから連絡があってよお…」 「 が高熱で床に臥していると聞き、オレも何か役に立てないかと思い、駆け付けた。」 「そ、そう…ありがとうね?」 根っからの善行者というか、人格者というか、ランサークラスは人の世話をするのが好きなのか…? 「とか何とか言って、お前…あの先公の所に居づらくて逃げてきただけじゃねえの?」 「なっ!けしてその様な事はっ――」 「強引そうだもんな―?あのお嬢様。」 「ぐっ……」 ああ、大変だな……ランサークラス。 身内に敵は作りたくない、と心底思った。 「そういや、薬飲むのに飯食えるか?」 「んー…あんまし食べたくない。」 「無理しろとは言わねえが、少しは何か口にしねえと…」 「それならば、先程ヨーグルトとフルーツゼリーを購入して来たのだが…」 ランサーとの会話にディルムッドが割り込み、ガサガサとコンビニ袋から小さなカップ容器を取り出す。 「それなら食べられそう、ヨーグルトが良いなー」 食欲は無いものの、フルーツがごろごろ入ったデザートを見れば自然と笑みが溢れる。 何より、自分の為に誰かが気を遣ってくれている事が素直に嬉しかった。 「ありがとね、二人とも」 の柔らかく微笑んだ表情を見た男二人は、普段から蔑まされた目線しか与えられない生活を悔やむと同時に、今この些細なやり取りに確かな幸福感を噛み締めていた。 「…色男が。」 「御子殿には負けます。」 そして互いに少し頬を赤らめながら肘で小突き合っている二人を、 は与えられたヨーグルトに夢中で気付かなかった。 「…ん、開かない。」 上手く指先に力が入らず、加えて発熱した手には汗が滲んでいてカップ容器の蓋を開けようとしても滑ってしまう。 「どれ、貸してみな……開かねえな…よっ!」 見兼ねたランサーが からヨーグルトを取り上げ、開けようと蓋に手をかける。 ベリッと蓋の少し容器からはみ出した部分だけが千切れ、更に蓋は開きづらくなってしまった。 「うわぁ…天才的な不器用。」 「うるせーな、開けりゃ良いんだろっ!」 「御子殿、俺にお任せをっ!」 今度はディルムッドが嬉々としてランサーから容器を取り上げ、何処から取り出したのか… 【先割れスプーン】で… 「貫けっ!」 「ばっ…!?」 「ちょっ…!!」 見事にヨーグルトの蓋は劈けた。 そして、勢い良く中身が……飛び散った。 「…おい。」 「……面目無い。」 白い液体が顔面にクリーンヒット。 の顔は未だ火照って赤い、瞳は潤んでいる…まさに、パッと見なら『アレ』な情況に見えない事もない。 「……最低。」 「す、済まない!わざとではないんだっ!」 わざとなのだとしたら、例えイケメンであろうと許せない。 その前髪を引き千切り、黒子をレーザー治療で焼きおとす事も辞さない。 兎に角、この惨劇に終幕を落とすため、まずは飛び散ったヨーグルトを拭こう。 そう思い、ティッシュ箱に手を伸ばしている途中… 「…なあ、拭く前に写メっていいか?」 ブツリ。 ニヤけ面で携帯を取り出すランサーと、最早セクハラでしかない一言を引き金に…血管が千切れる様な音が、脳内に響いた気がした。 次の瞬間には、掛布団と枕を同時に色男共に投げ付けていた。 「…サッサと帰れぇえっ!! 幸運Eがぁあああああああっ!!!」 _数時間後、赤い外装の家政夫を呼び出した。 「酷い声だな…喉風邪か?」 「…いや、ちょっと悪化したみたい。」 本当に、身内に敵は作りたくないと実感した。 ランサークラスは伊達じゃない。 |